売上推移、客単価、粗利率、回転率。経営には“見るべき数字”があり、計画には“埋めるべき枠”があります。でも、枠をきれいに埋めれば埋めるほど、企業の個性が薄くなることがある。
そのことに、私はある朝、はっきり気づいてしまいました。
それは「うまく整理された資料」の中に、現場の真実が一滴も残っていない瞬間でした。
仕出し屋の夫婦が、数字より大切にしていたもの
地方都市で三代続く仕出し屋。厨房を回しているのは、二代目の夫と、その妻。従業員は10名ほど。冠婚葬祭、地域の会合、学校行事。“地域の節目”を支える仕事です。
ある年、外部環境が変わります。
- 法事の簡素化で注文が減る
- 価格比較が進み、相見積もりが当たり前になる
- スタッフの確保が難しくなる
そこで夫婦は、支援機関でもよく使われるフォーマットに沿って、改善策を整理しました。
- 商品を3ラインに整理(松竹梅)
- 原価を下げるために仕入れ先を変更
- 単価アップのために“豪華感”を強調
- SNSで新規獲得を狙う
一見、筋が通っています。数字の整合性もあります。資料としても“正しい”。
でも——。
「あれ?」と立ち止まった瞬間
ある日、夫がぽつりと言いました。
「この計画、うちの店じゃなくてもいいよな」
奥さんがすぐ返します。
「“うちの強み”って、どこ行っちゃったんだろうね」
その場にいた私は、胸の奥が冷たくなりました。計画は完成しているのに、本人の言葉が消えていたからです。
フォーマットに沿うほど、要素は揃う。でも、要素を揃えるほど、企業の“らしさ”が削がれていく。まるで、店の魂だけが資料から抜け落ちるように。
フォーマットでは拾えなかった「現場の真実」
数日後、私たちは厨房の隅で、仕込みの合間に話しました。そこで出てきたのは、計画書に一行も書かれていない話でした。
- 「この店は、葬儀の後の“空気”まで運ぶ仕事だ」
- 「遺族の顔色で、味付けを少し変える」
- 「“安いから頼む”ではなく、“ここに頼むと安心する”が理由だった」
- 「豪華さより、“ちょうどよさ”が喜ばれてきた」
- 「料理は商品じゃなく、地域の関係の一部だった」
——ここに、強さの核がありました。
数字やテンプレでは掬えない、でも確実に存在する強さ。
この夫婦が守ってきたのは、料理のスペックではなく、“人と場の微妙な機微を扱う能力”だったのです。
その強さを、戦略に戻す(でも、結論は急がない)
ここで大事なのは、すぐに「じゃあ高付加価値路線で!」と結論に飛ばないことです。
短い思考がやりたいのは、処方箋の提示ではありません。
まずやるのは、問いを立ち上げること。
- 私たちは何を“運んでいる”のか?(料理以外に)
- お客様が本当に買っているのは何か?
- うちの“ちょうどよさ”は、誰にとっての救いなのか?
- 効率化で失ってはいけないものは何か?
- 「この店じゃなくてもいいよな」と感じるのは、どこが欠けたときか?
この問いが戻ってくると、打ち手の意味が変わります。
たとえばSNSも、「新規獲得の道具」ではなく、“安心の理由を言語化する場”になります。商品ライン整理も、「松竹梅」ではなく、“場面別(法事/学校/会合)に心が軽くなる選び方”として設計できます。
フォーマットを捨てるのではなく、フォーマットが扱えない核を、先に取り戻す。その順番が逆になると、企業は自分の顔を失います。
「短い思考(Essays)」とは何か
短い思考とは、フォーマットに回収されない“問い”を、短い物語/観察/比喩で立ち上げる文章です。
正解や結論を与えるのではなく、読者(経営者・事業責任者)が「そういえば自分は何を見落としていたか」に戻るための、思考の起動スイッチ。
このサイトにおける短い思考の役割は、まさにここです。
- 視野を広げる起点をつくる
- “企業は物語で動く”という前提に、読者を連れ戻す
- 次の「思考の枠組み」や「実践と対話」に入る前の、助走になる
あなたへの小さな問い(今日、5分だけ)
最後に、あなたの会社にも同じ種類の“抜け落ち”が起きていないか、確かめてみてください。
- その計画は「あなたの会社じゃなくても」成立しますか?
- お客様が買っているのは、商品スペック以外に何ですか?
- 効率化したとき、最初に壊れそうな“関係”はどれですか?
- 最近、言葉にできていない“違和感”は何ですか?
もし一つでも引っかかったなら、それが「短い思考」が扱う入口です。
次回予告(この連載で扱いたいこと)
次回は、今日の仕出し屋の夫婦の話をもう一段だけ深めて、“らしさ”を失わずに数字へ接続するための「見取り図」を作ります。
(結論ではなく、見取り図です)

