――価値の定義を変え、指標を変え、やることが逆転する
会議室では、数字が並びます。
売上の推移、客単価、粗利率、回転率、稼働率。
見るべき数字は一通りそろっていて、資料も完成しています。
でも、会議が終わったあとに残るのは「正しい話をした」という感覚だけです。
その会社が何を大事にしているのか、どんな約束で選ばれているのかは、はっきりしないままです。
その日の夕方、電話が鳴ります。
「今すぐ持ってこれる?」
「今日ですか?」
「うん。いいから今。」
ここで分かるのは、相手が本当に求めているのは回転率や稼働率そのものではない、ということです。
相手が欲しいのは、「必要なときに、必要なものが確実に届く」という安心です。
この記事では、数字を否定しません。
ただし順番を変えます。
まず価値を言葉で定義し直し、次にその価値を測れる指標に入れ替え、最後に現場の行動を組み替えます。
そうすることで、会議を「数字は正しいが結論が動かない状態」から、「何を変えるかが決まって動ける状態」に戻します。
この記事で得られること
- 「理論」と「論理」は何が違うのかが分かります。
その結果、経営で迷ったときに 何を基準に判断するか がはっきりします。 - 価値 → 指標 → 行動 を一本の線でつなげて整理できます。
だから会議が、「言葉は正しいのに結論が動かない状態」から「次に何を変えるかが決まる状態」に戻ります。 - 指標を入れ替えると、やることが変わる理由が分かります。
さらに、その仕組みを自社に当てはめる手順(テンプレート付き)で持ち帰れます。
要点:
価値を言葉で定義し直す。
すると、測るべき指標が変わる。
指標が変わると、現場で優先する行動が変わる。
だから因果は散らさず、価値 → 指標 → 行動 を一本線でつなぎます。
理論はなくても、論理は持てる(違い)
経営には、自然科学みたいな意味での「理論(法則)」はありません。
人の解釈、関係、意思決定、制度、競争相手の反応が入り込みます。
だから条件を固定できず、「同じ条件なら同じ結果になる」という形にしにくいからです。
ただ、理論がないからと言って、決められないわけではありません。
私たちは毎日、決めています。
何を価値と呼ぶか。何をやらないか。何に時間とお金を集中させるか。
ここで言う「論理」は、形式論理(演繹が正しいかのチェック)ではありません。
経営をどう見るか、という ものの見方(レンズ) のことです。
レンズが変わると、同じ現場でも見える景色が変わります。
そしてこのレンズは、すぐには変わらない「判断の軸」として、戦略を支えます。
ここで言う「理論がない」は、「普遍法則(どこでも誰でも同じ結果)」にしにくい、という意味です。経営はむしろ、条件つきで効く説明と、現場で決めるための論理(筋)で強くなります。
戦略の筋を測る(簡単なテスト)
戦略の良し悪しを、実行する前に確認したいとき、私は次の2つを見ます。
- 自分の戦略を、思わず誰かに説明したくなるか。
- 説明したとき、相手が「なるほど」と言えるだけの筋道があるか。
ここで言う「面白い」は、気分の話ではありません。
「こうなるはずだ」と言える筋道がある、という意味です。
筋道があるから話したくなる。話せるから腹が決まる。腹が決まるから動ける。
これは精神論ではなく、曖昧な状況を“理解できる筋”として言葉に整え、その理解から行為に踏み出す、という組織の基本動作としても説明できます。
言い換えると、これは 整合性 と 説明の一貫性 のチェックです。
- 整合性:言っていることが矛盾していないか(前提・結論がつながっているか)
- 説明の一貫性:なぜそうするのかを、同じ筋で説明できるか(話が途中で飛ばないか)
ここから設計図:価値→指標→行動を一本線にする
短い思考は、見落としていた論点に戻るための合図です。
ただ、合図だけだと会議は動きません。次の一手まで落とすには、整理の枠が必要です。
そこで、同じ内容を「設計図」として書き直します。
指標が変わると、やることが逆転する(仕組み)
卸売の現場では、よくこう考えます。
- 売れ筋だけを在庫する
- 死に筋は在庫しない
- すると回転率が上がり、利益が増える
この考え方は、会社側の効率指標である「回転率」を中心に置いています。指標は便利ですが、いったん“目標”になると、人は現実ではなく数字を達成しにいきます。だから指標が主役になるほど、意思決定は歪みやすい——これは指標設計で繰り返し起きる古典的な現象です。
つまり、回転率が上がるように品ぞろえを削る、という判断になります。
一方で、トラスコ中山の発想は違います。
- 回転率を最優先の目標にしない
- 代わりに「在庫出荷率」を見る
(定義:受注に対して、手持ち在庫からそのまま即納できた割合) - 在庫出荷率を上げるには、在庫を増やす/倉庫の能力を上げる
結果として、やることが反対になります。
「在庫を減らす」ではなく、「在庫を持つ」方向に動きます。
この逆転を支えるのは、気合いではありません。
最初に置く「価値の定義」です。
現場では、こう言われます。
「すぐ持ってこい」「今持ってこい」
この一言が、何を価値とするかを決めます。
価値が決まると、測る指標が決まります。
指標が決まると、やる行動が決まります。
つまり、現場の価値 → 指標 → 行動の順で、一本線でつながっています。
比較表の読み方(何が逆転しているのか)
| 観点 | 自社都合の最適化 | 価値から逆算 |
| 出発点 | 効率・収益の指標 | 顧客価値の定義 |
| 見る指標 | 回転率・稼働率・粗利率など | 出荷率・即応率・再来率など |
| 典型行動 | 減らす/絞る/軽くする | 持つ/厚くする/増やす |
| 強み | 短期の見栄えが良い | 顧客体験が積み上がる |
| 代償 | 現場の現実が抜け落ちやすい | コスト・手間を引き受ける覚悟が要る |
| ストーリー | 「合理化した」 | 「価値のために、あえて不利を選ぶ」 |
この表が言っていることはシンプルです。
入口(施策)を増やす前に、いま流れを止めている一点を動かせ、ということです。
入口を増やすのは、その一点が動き始めてからでいい。
先に動かすべきは「量」ではなく、価値→指標→行動のつながりのほうです。
具体例:仕出し屋が「回転率」を優先しないと決めるとき
地方都市で三代続く仕出し屋。従業員は10人ほど。
冠婚葬祭、地域の会合、学校行事など、地域の行事を支える仕事です。
ここで「自社の都合がいい指標」だけを守ろうとすると、判断はこう寄りがちです。
- 仕込みの効率を上げるために、メニューを減らす
- 廃棄を減らすために、注文の締切を早める
- ミスを減らすために、追加や変更を断る
どれも合理的です。
ただし、顧客が抱えている本当の困りごとは、ここではありません。
顧客の現実は、こうです。
- 「急なんだけど、失敗はできない。ちゃんと間に合わせてほしい」
- 「親戚が集まる日だから、変な空気にしたくない。恥をかきたくない」
- 「今日は場を落ち着かせたい。揉めないように、無難にきれいにやりたい」
ここで顧客が買っているのは、弁当そのものだけではありません。
「その場を失敗させない」という安心です。
価値を定義し直す
このケースでは、価値をこう置き直します。
- 顧客価値:急な変更があっても、失敗させない(安心)
そして、この価値を測る指標を決めます。
- 指標:安心出荷率
(定義:前日・当日の変更があっても、品質を落とさずに提供できた割合)
指標が決まると、やることが変わる
安心出荷率を上げるなら、「効率が落ちること」をあえて選びます。
理由は単純で、安心を作るには“余白”が必要だからです。
- 仕込みを標準化する(誰が作っても同じ品質にするために時間を使う)
- 代替食材を常備する(在庫コストを持って欠品リスクを減らす)
- 受注時の確認項目を増やす(手間を増やして事故を減らす)
- 断る基準を明文化する(何でも受けず、守る品質を固定する)
一本線にする
この事例で大事なのは、因果を散らさないことです。
- 価値(安心) → 指標(安心出荷率) → 行動(標準化・在庫・確認・基準)
この一本線ができると、会議で「次に何を変えるか」が決まります。
紹介が増えるのも偶然ではありません。
顧客が買っているのは弁当ではなく、失敗しない安心だからです。
自社化:5ステップ(テンプレ)
A:顧客価値を1行で決める
まず結論を1行で書きます。
お客さんは結局、何を買っているのか?
(例:速さ/確実さ/安心/見た目の満足/手間が減ること など)
B:「自社都合の指標」を1つ、最優先から外す
次に、社内の効率を表す数字を1つ選びます。
(例:粗利率、回転率、稼働率、効率、工数 など)
ここでやるのは「捨てる」ですが、意味はこれです。
その指標を“見ない”のではなく、“最優先の目標にしない”と決める。
(管理指標としては見続けてOK。ただし意思決定の主役から降ろす)
つまり数字をやめるのではなく、“数字に統治させない”。価値の言葉が主役で、指標はその従者です。
C:「価値に直結する指標」を1つ立てる
Aで決めた価値が、ちゃんと届いているかを測る指標を1つ作ります。
(例:出荷率/即応率/再来率/指名率/紹介率/失注理由の減少 など)
※指標の名前は、価値の定義に合わせて自分で付けてOKです。
(例:「安心出荷率」「即納達成率」など。定義も1行で添える)
D:その指標が上がるように、「あえて不利」を選ぶ
Cの指標を上げるために、行動を決めます。
このとき大事なのは、都合の悪いことを1つ引き受けることです。
(例:在庫を持つ/教育に時間を使う/品ぞろえを厚くする/説明を増やす/断る基準を作る など)
ここがトレードオフです。戦略は、理想を全部盛りにすることではありません。両立しないものを切り分け、活動の組み方ごと一貫させる——そのためにトレードオフが必要になります。
何を捨てて、何を取りにいくのかがはっきりします。
そして、ここが戦略の芯(ストーリーの核)になります。
E:「思わず話したくなる」かをテストする
最後にテストします。
- 30秒で説明できるか
- 説明した自分が「これだ」と思えるか
- 聞き手が「なるほど」と言えるか(筋道が通っているか)
この3つが通れば、その戦略は「実行してみる価値がある」状態です。
結論:万能解ではなく、「選び方の筋」
経営には、自然科学みたいな万能の法則がありません。
だから私たちは、つい「これさえやれば勝てる」という万能解を探します。
でも、経営で本当に必要なのは万能解ではありません。
必要なのは、迷ったときにどう選ぶかという筋です。
その筋は、こう作れます。
- 価値を言い直す
- それを測る指標に入れ替える
- 指標が上がるように、やることを組み替える(ときに逆転する)
この一本線が通ると、戦略は「正しい言葉」では終わりません。
人に説明したくなる形になり、説明できるから腹が決まり、腹が決まるから動けます。
今日の問い(5分だけ)
- あなたの会社が届けているのは、商品スペック以外だと何ですか?
(お客さんが実際に買っているのは「何」だと言い切れますか) - いま最優先にしている数字は、誰の都合で最優先になっていますか?
(お客さんの価値を測っている数字ですか。それとも社内の効率ですか) - 指標を1つだけ入れ替えるなら、何を最優先から外して、何を主指標にしますか?
(「捨てる」は“見ない”ではなく、“主役から降ろす”です) - その指標を上げるために、あなたはどんな不利を引き受けますか?
(手間・時間・在庫・教育・説明・断る判断…どれを負担しますか)
1行メモ(残す)
「うちの価値は____。指標は____。そのために____というコストを払う。」
おすすめ書籍(この記事の理解と実装を深める8冊)
ビジネス系(4冊)
- 『ザ・ゴール』エリヤフ・ゴールドラット
「流れ」を止めている一点を動かす、という発想を物語で体得できます。入口を増やすより前に、ボトルネックを動かす、という感覚が残ります。 - 『良い戦略、悪い戦略』リチャード・ルメルト
「やること」より前に、診断・方針・一貫した行動を置く。この記事の“筋(論理)”の置き方と相性が良い一冊です。 - 『競争の戦略(Competitive Strategy)』マイケル・ポーター
価値の定義を変えれば、見る指標も行動も変わる――その背後にある「トレードオフ」「一貫性(fit)」の考え方を強くしてくれます。 - 『測りすぎ――なぜデータ主義は失敗するのか(The Tyranny of Metrics)』ジェリー・Z・ミュラー
指標が価値を置き換え、現場の現実を抜き落とす。この記事のテーマ(指標の差し替え・主目的の置き直し)を反対側から補強できます。
非ビジネス系(4冊)
- 『ファクトフルネス』ハンス・ロスリング ほか
「数字を見ているのに、現実が見えていない」を正すための基本体力。指標の前に、事実の扱い方を整える本です。 - 『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクル
価値とは何か、という問いを“机上”ではなく“生の現場”に引き戻す力があります。価値の定義が揺れる局面で、軸を取り戻す読書になります。 - 『ソクラテスの弁明』プラトン
「問いの質」が世界の見え方(レンズ)を変える。論理とは形式ではなく、見方の筋である――その原点を短く強く確認できます。 - 『論語』
「利益」だけでなく「筋」を立てる。短期の見栄えよりも、長期の信用と一貫性で積み上げる。この記事の“あえて不利を選ぶ”を支える倫理の土台になります。

